常識と経験に捉われず現場の判断で
日清丸紅飼料(株) 総合研究所 検査グループ 矢原芳博
秋もいよいよ深まってきて、昼間は暖かくても、朝晩の冷え込みが本格化してきました。先月、北海道に出張していた時に、農場の方から、「いつから、妊娠豚の飼料を増やしたらいいですか?」と聞かれて、「いやいや、まだお彼岸の頃ですよ。早いでしょう」と私が答えたら、「今朝の最低気温がもう5℃だったので...」と返されて、はっとしました。「農場の飼養管理の調整は、その農場毎の状況に応じて臨機応変に行うべきで一般論で話すべきではない」ということは基本中の基本なのでしょうが、「ついつい常識的に冬場の母豚の増飼は10月~11月以降のこと」と決め付けてしまっていました。南北に長い日本で、さらに山の上にある農場もあれば海辺の農場もあります。母豚への飼料給与量は、それぞれの立地を個別に考えるべきでした。自分の浅はかさに気がついた後は、改めて繁殖豚舎、分娩舎を巡回して母豚のボディコンディションを確認し、現在の給与量を聞いてから、これからの給与量を話し合って決めました。
同じような間違いを、私はこれまでもしているのかもしれません。「この病原体ならこの抗生物質が効くはずだ」とか「まさかこの病原体の関与はないだろう」とか、経験を積むほどに、逆に過去の経験に捉われて、目の前の農場の事柄を丁寧に判断できていないかもしれません。
NHKの番組で、ドクターGという番組があります。患者さんの症状を聞きながら、研修医の人たちがその病名を探っていく番組ですが、よくよく症状を聞き込んで行くうちに、当初思い浮かべていた病名とは、まったく違う結論に達する場合があります。最初の診断は自分の経験や知識から導き出した病名で、最後の診断は、患者さんと真摯に向き合いじっくりと、納得のいくまで考えて、腑に落ちる答えを導き出した結果です。過去の経験や知識にとらわれずに、目の前に向き合っている豚や農場の細かな状況、変化に細心の注意を払って、その農場のための衛生対策を考えなければならない臨床獣医師も、まったく同じマインドで取り組むことが必要です。時としてこのことを忘れて、向き合うべき農場にフィットしない結論を話してしまうことの無い様に、自省の意味をこめて今月の話題としました。
「ピッグジャーナル」(アニマル・メディア社発行)2016年10月号掲載