下痢の好発日齢と発生動向
日清丸紅飼料(株) 総合研究所 検査グループ 矢原芳博
2013年10月に、遂に日本でも、東アジア、北米で大流行していた豚流行性下痢(PED)が発生し、ピークは過ぎたものの、2016年の現在も、いまだ激しい発症に悩まされている農場も少なくありません。また一方では、PEDの発症が落ち着いた後に、元々農場に存在していた下痢などの疾病が活発化したというケースもよく耳にします。
今回のPEDの大発生の背景には、今まで考えられてきたPEDウイルスの特徴と異なり、環境中でのウイルスの生存期間や、発症豚の体内でのウイルスの排出期間が、過去に言われていたより大幅に伸びていることが一因ではないかと考えられます。このように病原体は、自分自身の生存のために、絶えずその姿を変えながら、人間の予想を超えた現象を起こしてきました。PEDを初めとした下痢と戦っていく上で、たびたび立ち止まって、現状の下痢に対する認識を整理していくことが重要です。
このような事を踏まえ、本誌では、2002年11月号と2009年3月号、2012年4月号に、養豚場で起きる下痢の原因と好発時期を、その都度の状況に合わせて修正を加えて、掲載させていただきましたが、今回改めてこの表を見直し、この間の状況の変化を確認していきたいと思います。
<全国に及んだPEDの被害>
前回、この企画で寄稿した時には、PEDはTGEと同様に長い間大きな発症のない時代が続いていました。しかし、上述のように、2013年10月に沖縄で久々のPED発症を迎えて以来、2014年4月をピークに全国的に猛威を奮い、その後現在まで、新規の発生農場は減少したものの、下痢が持続的に続く常在化農場も少なくありません。PEDウイルスが農場外から浸潤してくるリスクはまだまだ大きく、と畜場から帰る際の消毒等々、引き続き防疫の手を緩める状況にはありません。
また、常在化してしまった農場では、発症豚の早期淘汰、人工流産や一時的な種付けの中止などによる分娩の中断による、分娩舎の棟単位での空舎化など、かなり思い切った対策を組み込まなければ、ウイルス感染の連鎖を断ち切ることは難しい状況です。また、一旦治まりかけた農場内には、肥育豚舎のピット下や堆肥舎など、意外なところでウイルスが生存しており、これが再び離乳舎、分娩舎の子豚に舞い戻ってきてぶり返すパターンがしばしば見られます。農場外からのウイルス侵入を防ぐ努力と共に、農場内のウイルスの居場所を特定して封じ込める事が重要です。このためには、豚の糞便だけでなく、環境のふき取り検体のPCRを継続的に実施していくことが重要です。
<その他のウイルス性の下痢について>
PEDとは対照的に、同じコロナウイルスの仲間が原因の伝染性胃腸炎(TGE)については、引き続き落ち着いています。しかしこれらの下痢は、母豚の抗体保有率の低下時に侵入すると、一気に大発生となってしまいます。TGE、PEDの混合ワクチンの継続接種が必要です。
ロタウイルスについては、現時点でも高い浸潤率が継続していると思われますが、大腸菌等との混合感染が多いといわれていますので、下痢便の細菌検査のみ行って、大腸菌対策だけにこだわる事の無いよう、注意が必要です。PEDが治まりかけた分娩舎でまた下痢がぶり返したと思ったら、ロタウイルスが原因だったというケースも多く、現場では、迅速な原因確認が重要です。
<大腸菌症、細菌性下痢の状況>
大腸菌による下痢は、養豚場で豚を飼育する上では避けて通れない病気の一つですが、下痢を起こす因子については、すでに詳細に研究されており、自農場で起きている大腸菌症が、どのような病原因子を持っているのか、実際の下痢便を検査機関に送れば調査することが可能です。哺乳中の豚の腸管に付着しやすいF4(K88)などの吸着因子、離乳豚の腸管に付着しやすいF18吸着因子と毒素(志賀毒素、易熱性毒素、耐熱性毒素)の組み合わせはその農場によって様々です。それぞれの因子に対する対処法については、様々な方法が提唱されていますので、まずは戦う相手をよく分析した上で、対処法を練る事が重要です。
また増殖性腸炎(PPE)については、引き続き浸潤度が高く、現在も離乳から肥育期のいずれかのステージで何らかの問題になっている農場が少なくありません。抗生物質に加え、経口生ワクチンもすでに販売開始後数年が経過しており、現場での実績も上がりつつありますので、農場の発症状況に合わせて対策を選択すれば、下痢の低減以外にも、増体が改善された、体重のバラツキが少なくなったという効果が見られる場合もあります。
細菌性の下痢の中では、比較的古くから知られている豚赤痢については、現在でもまだ一定の数の発生報告が見られます。また、ここ数年、豚赤痢菌(ブラキスピラ ハイオダイセンテリー)と同じ、ブラキスピラ属の菌(ブラキスピラ ピロシコリ、ブラキスピラ トンプソニーなど)が豚に下痢を起こすことも報告されています。ピロシコリについては、すでに日本でも発生報告がいくつも出ていますので、今後子豚期以降の下痢については、ブラキスピラ属菌もチェックしていく必要がありそうです。
<コクシジウムなどの寄生虫病体策>
2008年に発売されたコクシジウム剤(トルトラズリル)については、発売以来、哺乳豚から離乳期の下痢に対して確かな手ごたえを感じる農場が多く、いまや非常に多くの農場が哺乳期の衛生プログラムの一つに組み込んでいます。最近では複数の製薬メーカーから発売されるようになり、より使いやすくなったようです。
一方、大腸バランチジウムや赤痢アメーバーについては、糞便検査ではなかなか発見が難しい病原体ということもあり、あまり注目を浴びてきませんでしたが、子豚期以降の激しい下痢で、発症豚の腸管の病理組織検査で発見されたという報告も、ここ数年注目されています。細菌性下痢の項で取り上げた、ブラキスピラ属菌が同時に感染していた例もありますので、子豚期以降の出血を伴うような重篤な下痢の場合には、頭に入れておく必要がありそうです。糞便検査で答えが出ない時には、発症豚の病理検査もやってみる必要があります。
<健康で充分な免疫を持った母豚が下痢対策の第一歩>
これらの下痢の原因を出来るだけ早く的確に捉え、それに対応するワクチンや抗菌性物質を使用することが重要なのはいうまでもありません。
しかし、同時に下痢発生の影には、母豚が保有すべき抗体を充分に持っていない事、あるいは母豚群の中で保有抗体がばらついている事が、子豚の下痢発生の根本的な要因になっているケースが少なくありません。特に哺乳子豚の下痢について言えば、母豚対策で多くの問題が解決できると言っても過言ではないと思います。 前回の下痢特集の際にも、母豚管理の重要性を最後に強調しましたが、現在でもその考えにまったく変わりはありません。
外部導入の育成雌豚の場合は、できるだけ若い月齢で導入し、自家育成の場合でも改めて隔離した上で、充分な回復期間を確保して、その農場の常在菌に対する免疫をつける、いわゆる馴致をしっかりと行うことが重要です。もちろんその農場にどのような病原体が存在しているかを詳しく調査してから臨む必要がありますが、場内の母豚が子豚の下痢の原因となる菌あるいはウイルスに対して出来るだけ揃った抗体を保有している事は非常に重要です。サルモネラを筆頭に、馴致にはそぐわない菌あるいはウイルスは排除しつつ、育成期間中にどれだけ強固な抗体を持たせられるかが、その後の子豚の生産成績に直結します。
このように、子豚で見られる下痢であっても、その根本的な原因が母豚である事は少なくありません。健康で充分な抗体を持った母豚が子豚の下痢対策の第一歩と考えます。
「ピッグジャーナル」(アニマル・メディア社発行)2016年08月号掲載