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江原美津子さんを偲んで

日清丸紅飼料(株)総合研究所 検査グループ 矢原芳博

桜前線北上中です。仕事柄この季節、色々なところで満開の桜を堪能できるのは役得です。今日は高崎で快晴の空に満開の桜を見る事が出来ました。しかしこの桜、実は悲しい気持で見ることになりました。 群馬県高崎市に江原養豚さんという養豚場があります。本誌をはじめとして多くの養豚雑誌に取り上げられている養豚場で、子豚の出生から出荷まで、抗菌性物質を使用しないで生産するシステムを頑なに守り続けています。その豚肉は、「えばらハーブ豚未来」という名前で、多くのファンに支持されています。この豚肉を生産しているのは、江原正治さんと美津子さんご夫妻です。

16年前に江原ご夫妻に抗菌性物質不使用の養豚をお勧めしたのは我々でした。当時研究していたハーブ豚の技術が抗菌性物質不使用養豚にも応用できるのではないかというアイディアから、高いレベルの生産成績を維持していた江原さんに取り組みをお願いしたのです。江原さんご夫妻は、熟考の上、我々の申し出を受けてくださり、このシステムに取り組みを開始してくださいました。最初の半年は何事もなく順調に進んだのですが、その後徐々に事故率が上昇し、その後長い間、従来の成績に戻すことができませんでした。ついに、このシステムを開始した3年目に、江原さんご夫妻と私の3人で、農場事務所でひざを突き合わせ、悔し涙を流しながらこのシステムをあきらめる事を決めました。しかしその後すぐに、挫折感で一杯だった私に、間もなく江原さんから連絡が入りました。「諦め切れないから、やっぱり初心を貫いてもう一度チャレンジする。」という内容でした。その後5年間は、江原さんご夫妻と一緒に必死になって頑張って、ようやく満足のいく成績を上げられるようになりました。そしてこの豚肉を、江原さんの奥さんが自分自身の手で販売すべく、ホームページを立ち上げ、この豚肉の価値を、地道に一人一人に丁寧に説明する努力を始めました。現在では多くのファンを持つブランドとして確固とした地位を確立する事ができました。

お前たちは、抗菌性物質不使用の豚は価値があるというが、それでは通常の投薬をしている豚は安全ではないという事か?というご質問を受ける事があります。しかしこれは誤解です。適切な使用法で動物用医薬品を使用した豚肉は安全です。この事実に疑いはありません。では「えばらハーブ豚未来」がなぜ価値があるかと言えば、抗菌性物質を使わなくても健康に豚を育てられる環境と飼養管理のレベルを達成したいという志を捨てずに努力を継続している一点です。このストイックな取り組みに共感して、多くのファンが評価をしてくれているのです。長い間、この努力を続けてこられた奥様の美津子さんは、ここ数年病気と闘っていましたが、3月30日に天国に召されました。本当に残念でなりません。江原美津子さんは、いつも笑顔でこの取り組みを一人でも多くの方々に伝え続けてきました。古い言葉かもしれませんが、「夫唱婦随」の美徳を思い知らされます。美津子さんのご冥福を心からお祈りいたします。

「ピッグジャーナル」(アニマル・メディア社発行)2015年04月号掲載

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