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養豚疾病、これまでの10年とこれからのこと

日清丸紅飼料(株)総合研究所 検査グループ 矢原芳博

今年もまた、あっという間に12月がやってきてしまいました。PEDに始まりPEDに終わった(というかまだ続いておりますが...)一年間でした。

疾病との戦いを振り返る

この度は創刊200号、大変おめでとうございます。思い起こせば1998年春、新しい養豚雑誌創刊に燃えた(当時の)若者達にすっかり魅了されて、「ピッグジャーナルのためならどんな協力もします。」と無謀な約束をしてもう17年目になってしまいました。創刊号からずっと連載のコーナーを頂いて、時々はお休みしながらも、細々と現在まで継続してこられたのも、編集部の皆様の創刊当時の熱い思いに触発され続けたおかげです。この場を借りて御礼申し上げます。次々と現れる手ごわい病気に翻弄されながら、愚痴ったり悩んだりをそのまま書いてしまった拙文をお読み頂いている読者の皆様へも、感謝申し上げます。
さて、せっかく頂いた節目の機会ですから、臨床獣医師の立場から、養豚界の過去10年の病気との闘いと、これから我々がやらなくてはならない事について考えて見たいと思います。今から10年前と言えば2004年(平成16年)ですが、その頃はどんな病気で悩んでいたんだろうかと、日々怪しくなりつつある記憶をたどってみると、PRRSウイルスが日本で始めて確認されてから10年経って、PRDC(豚呼吸器病症候群)と言う考え方が浸透した頃、と言う感じでしょうか。
そして今にして思えば、この頃からPRDCのもう一つの主役であるPCV2(豚サーコウイルス2型)の生産現場での被害が顕在化しだしたような気がします。PRRSに対して、母豚の免疫安定化と離乳豚の隔離飼育と言う基本的な対策の考え方が固まりつつあった矢先に、また新たな免疫を壊す存在が現れてしまい、豚の免疫だけでなく、我々獣医師の頭の中身まで大きく混乱させられた時期でした。結局2008年に発売開始されたワクチンにより、PCV2の被害は劇的に改善されたわけですが、このワクチンが予想以上に効果を発揮した事は、まさにラッキーと言わざるを得ないのではないでしょうか。

口蹄疫、PED

以後、現在に至るまで、我々は農場に常在する様々な疾病と悪戦苦闘を繰り返してきたわけですが、その中でも特に大きな出来事として、2010年の口蹄疫の流行が忘れられません。4月に宮崎の牛で感染が確認されてから、豚への感染確認、その後の感染拡大の経緯は、養豚関係者の全員が今でも鮮明に記憶されていることと思います。ゴールデンウイーク明けに、当社の若手獣医師3名と一緒に川南に向かい、その後3週間、豚の殺処分に参加していたわけですが、感染拡大を止める事がなかなかできず、目の前の豚たちを、ひたすら処分する毎日は、本当に獣医としての無力感を感じた経験でした。
そして今年、PED(豚流行性下痢)の大流行を経験し、成す術無く感染が拡大する中、口蹄疫の時に感じた無力感を再度思い知らされる事になりました。最初は「PEDなら18年前に経験している。あの時のやり方を再現すれば止められる。」と、正直言えばかなり楽観的な態度だったのですが、それもつかの間の事で、見る見るうちに全国に広がる様子を見て初めて、18年前の経験だけではダメだと判ったのでした。
このように、この10年を思い返しただけでも、見事に連戦連敗の積み重ねです。プロスポーツ選手なら早々に解雇、引退に追いやられても文句を言える筋合いではありません。200号記念号の記事にこんなに暗いトーンになってしまいすみません。

臨床検査ラボとしての役割

このように臨床獣医師としては藪医者の私ではありますが、同時に臨床検査ラボに携わる獣医師という立場があります。臨床検査の世界においては、この10年間で特に、遺伝子診断技術の急速な進歩がありました。たとえば今回のPEDに対しても、発生農場での症状が長引いたり、ぶり返したりする現象が数多く報告されていますが、これらの農場において、豚の糞便や環境拭き取り材料などで遺伝子検査(PCR法)による検査が頻繁に行われ、そのデータが公表されつつあります。それによると、一見発症が収まった農場においても、症状を示していない豚や、その時の環境サンプルから長期間にわたりPEDウイルス遺伝子が検出されている事実がわかってきました。また、PED未発生農場においても、農場内で拭き取り検体からPEDウイルス遺伝子が検出されたというデータも報告されています。高感度な遺伝子検査により、疾病の発生、あるいは症状の有無とは別に、ウイルスの動きが詳細につかめるようになってきた事は、疾病の感染経路を掴み、予防対策を打つのに大きな武器となる可能性を秘めています。
しかし反面、PCR検査では、そのウイルスが生きているかどうか(言葉を変えれば感染性があるかどうか)については判りません。その事がしっかり理解されないと、また誤った判断を下すことになりかねません。強力な武器もその特徴を熟知しないと、逆効果となってしまう事を、我々使い手である人間がしっかりと理解して皆さんに説明をしていかなければなりません。

これから10年の病気への備え

連戦連敗の疾病との闘いにもめげず、最新の武器を駆使して診断を行いながら、次に来る対戦相手を待ち構えなければならない訳ですが、これからの10年、何が起こるのでしょうか。少なくともいえるのは、世界中で流行している疾病はいずれ日本にも入ってくると覚悟して、その時のために準備をしておくべきという事です。疾病の侵入を受ける前に診断法を供えておく必要があります。遺伝子診断なら、その病原体を持っていなくても、病原体の遺伝子配列がわかっていれば診断試薬が作れます。東欧にまで迫ってきたアフリカ豚コレラ、引き続きアジアで猛威を振るい続ける豚コレラに口蹄疫、侵入を未然に防ぐ対策が最も重要である事は当然ですが、その時に備えた準備も、同時に行わなければなりません。

「ピッグジャーナル」(アニマル・メディア社発行)2014年11月号掲載

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